淺葉美穂さんの写真展「Un finished」へ行ってきました。 [本とかマンガとか]
| えーっと、前の記事に書いてますけど「未完成交響曲」の表紙や掲載写真を撮影された淺葉美穂さんの写真展「Un finished」へ行ってきました。 |
わたし、テーマに沿った複数人による写真展は観覧経験がありますが、個人の写真展は実は初めての経験で。 そんな私が「行こう」と思った理由はいくつかありまして。 そう小さな理由がいくつもあって。
わたしが「未完成交響曲」を手に取ったのは仕事先近くの書店でした。 以前から気になっていた数冊を小脇に抱えたあと、気ままに書店の中を歩きながら色々な本を眺めてました。 それは目的の本を買うときでも、それとは別にその時の心の状態や気分で一冊選ぶようにしているからなのです。 その日は絵本と風景写真集のコーナを見てみることにしました。
どちらの分野も最近の動向どころか傾向も殆ど知らない未知の世界で、手に取って表紙やタイトルを見ては本棚に戻すという事を繰り返していました。 ただただ直感に頼るだけの行為です。 ふと手に取った海洋生物の写真集。 それはものすごく青が強くて深くて、冷たい温度感と圧力を感じる写真がたくさん掲載されていました。 でも、直感で「これは眺めて終わるだけになるかも」と思い、本棚へ。
今日はこれで終わりかなと思いながら新刊が平積みされているコーナに目を向けると、日常の青空、優しい青があったんです。 強い青を見た直後だった事も関係したと思います。 ちょっと気になって手に取った本、それが「未完成交響曲」でした。
その時はケン・ザ・エアという人の事はまったく知りませんでした。
本の題名に「交響曲」という音楽用語があった事も手に取る理由でした。 単純に「未完成の交響曲とはなんだろう?」と思ったのです。 帯の紹介文を読み、難病を患った人の話である事はすぐにわかりました。
うーん... 正直に書きましょう。 それ以上に blog が舞台であった事が決定的でした。 その時の私は、ネット発祥の本へ興味があったのです。 2ちゃんねる発祥の本「骨髄ドナーに選ばれちゃいました」を既に小脇に抱えていた事も影響しました。 病気を患った人の本、病気を患った人へ自らの体の一部を提供する人の本、これはペアで読むべきだなと単純に考えた訳です。 色々な考えかたを知る為に本を読むのならば、一極から発せられた考えだけでなく、色々な立場から発せられた考えを知るべきだから。
その本「未完成交響曲」の内容については以前に書いた通りです。 これは良い悪いとかそういう評価を与える対象ではなくて、読んだ自分がそこから何を得るのか、という対象だと思ってます。 わたしが何を得たのか、それはいずれ私自身の人生のどこかに現れてくるのでしょうね。 それがふとしたごく日常の中に出てくるのか、それとも人生の岐路で現れてくるのか判りませんが。
なんだか冒頭から長々と書いていますが、「未完成交響曲」を手に取る最初のきっかけとなった表紙の写真、それを撮影した淺葉美穂さんの写真展が開催されていると知った時は「これは行かなければならないな」とごく普通に考えました。 行く事によって、自分自身がこの本を読んだ事を強く覚えていられるだろうという考えもありましたし、運がよければ先日 blog の方へコメントくださったケンさんのお父さんへ御挨拶できるかもしれないという考えもありました。
まぁ、色々な理由があったのです。 そういう訳で 18日は朝から映画三昧の1日にしようと思っていましたが、すべてキャンセルして朝から「未完成交響曲」をもう一度読み、夕方前頃に渋谷へ向かいました。
| 明治通り側はめったに行かないため地理に不安を感じ、目的地の道路向かいにあるというスターバックスを目印にしようと考えて、あえて向かい側を歩いていきました... が、気づいたら通り過ぎて、ずーーーと先まで歩いてました(笑)途中歩きながら何度も携帯電話でビル名などを確認していたのですが、それが原因でスターバックスに気づかずに通り過ぎたようです。 渋谷駅から20分以上も歩いて、ようやく「これは行き過ぎたか?」と考える私もどーかしてます(笑) | ![]() |
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角ビルの住所表示を見ながら歩き、会場「ギャラリー・ルデコ」のあるビルを見つけました。 フロア案内に淺葉美穂写真展「Un finished」を見つけて一安心。 エレベータに乗り会場へ向かいます。 |
| 黒、濃紺のエレベータを降りて左へ振り向くと開け放たれた金属製のぶ厚いドア。 そのドアに、あの優しい青、日常の青空がありました。 | ![]() |
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会場内は壁は白、天井まぎわは打ちっぱなしのコンクリートの地が出たままです。 私が入場した時は、10代後半から20代前半と思われる男女3~4名のグループが数組いらっしゃいました。 入り口脇にある淺葉さんの言葉が記されたパネルを読む人、展示写真パネルを見る人、会場中央辺りで言葉を交わす人。 ハンカチを片手にソファーに腰掛ける人。 わたしが入り口脇のパネルを見ている間も数名ほど入場されていきました。 ケンさんの御学友の方々かもしれません。 |
| 会場中央にある柱の脇には小さな台が二つ。「未完成交響曲」と一冊のノートです。 | ![]() |
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ノートには来場された方々が思い思いの言葉を書き残されていました。 詳しく読むのははばかられるように思えましたので詳しくは見ませんでした。 |
展示されているパネルは、「未完成交響曲」に掲載された写真を中心にケンさんの様子を伝えるものばかりですが、風景写真も数点ありました。 特に説明する文書は添えられていませんでしたが、おそらく撮影者とケンさん、御家族の生活のなかにある風景の一つなのではないかと思いました。
会場入り口から時計周りにめぐりました。 自室での写真に始まり、街中でニット帽をかぶった二枚連続のカット。 病室のベッドの上でのカット。 やや面長な顔立ちと地面へ落とされたままの視線。 全体の表情や口元がおどけた様子であっても、それとは別の感情を沈ませた視線。
無意識の行動で「なにを考えたのだろうか。どういう気持ちで写真を撮られていたのだろうか」と思ってみたものの、それは私には判りません。
ただ判ったのは、ほとんど全てが距離感の近い所からの写真だった事。 そばに立っていた人が撮影できる写真だった事。 視界に撮影者とカメラ、レンズが見える距離からの撮影。
立ち止まってもう一度ゆっくりと考えてみました、「なにを考えたのだろうか」と。 撮影される側と撮影する側が。 やっぱり判りません。 私自身は人を対象として撮影した経験が多くないので(あっても遊びの中でふざけた撮影ばかり)、こういう状況での撮影は経験がありません。 でもあの視線を見ると色々な沢山の思いを伴ったのかもしれない、とは思いました。
歩みを進めます。 ケンさんの表情が変化していくのが判りました。 どう変わったのかと言い表すのは私には難しいです。 不満から達観? いやそうじゃない。 どうにも言葉が見つかりません。 表情だけではなく、ケンさんの顔の皮膚の様子も変わってきているのも判りました。 「未完成交響曲」に掲載されたモノクロ版では気づきませんでしたが..
「未完成交響曲」 P194 の二枚連続のカットがありました。 そしてそのちょうど正面に、同じように二枚連続のカットがありました。 そのカットは、ベッドの上でゴロリと体を横にして笑ったよな写真でした。 誰かがちょっとしたジョークを言って、それに軽くツッコミ返した後のような、そんな感じの笑顔のある写真。
パネルを見終わり周囲を見渡すと、会場内は私の他には男性と女性がお一人ずつ。 ケンさんの御両親だとすぐに判りましたのでお声をかけさせて頂きました。
自分の blog でケンさんの本の事を書き、お父様から blog へコメント頂いた者であることをお伝えすると、すぐに判って下さいました。 私からは、お父様から blogへコメントを頂いたお礼と、私がケンさんの本を手にしたきっかけ、展示パネルの話し、私なりに感じたことをお伝えしました。 お父様とお母様からは入院されていたケンさんのお話し、パネル撮影時の様子、12月のあの日の事、その後のお話など沢山のお話しを頂きました。
お父様、お母様。 昨日は日程最終日の夕方で大変お疲れのところ大変お世話になりました。 運がよければ御挨拶だけでもと思っていましたが、沢山のお話しを伺うことができて嬉しく思いました。 会場内の写真撮影も御快諾頂きありがとうございました。
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会場入り口に置いてありました、淺葉さん撮影のフォトカード。1枚頂戴しましたので、ケンさんの本に挟んでおきます。 |
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はじめまして。
ken the airさんの楽天ブログから飛んで参りました。
海外にいるため写真展に伺うことができませんでしたが、
tamcatさんのこの記事で、雰囲気を味わうことができ、
とても感激です。ありがとうございました。
by yuka (2005-10-03 15:44)